33.
第十話 みんなで初詣
冬休み中にアンはショウコとサトコに麻雀をたっぷり教えた。ショウコもサトコも中々ルールを覚えられず苦戦したがそんな相手に教えるという経験がアンには新鮮でやり甲斐を感じた。すると
「わかったわ!」とショウコがふと言い出した。
「なにが?」
「麻雀は料理よ。与えられた具材でいかに最も価値ある一皿をムダなく手早く作ることが出来るか。そういうことじゃないの?」
「すごい! その通りよショウコ」
「だとしたら私たちには出来る。だって私たちは本来は料理研究部。料理を科学することの応用で麻雀も科学してしまえばいい」
この日の気付きをきっかけに料理研究部の2人はその後、麻雀研究家としての才能を発揮していくのであった。
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元日
麻雀部は勢揃いしていた。佐藤スグル、財前マナミ、財前カオリ、佐藤ユウ、井川ミサト、竹田アンナ、倉住ショウコ、浅野間サトコ、三尾谷ヒロコ、中條ヤチヨの計10名である。
「カオリは着物を着てきたんだ。似合うね~。素敵な色」
「ありがと、これはおばあちゃんが昔着てたものなんだ。気に入ってるの」
「おばあちゃんって昔は優秀な巫女だったって話のあのヨシエおばあちゃん?」
「そう、おばあちゃんは舞が上手で有名だったのよ。最初は私じゃなくて(前の)ママにあげたらしいんだけどママは胸がこう、やたら大きかったから上手く着こなせなくて私が貰うことになったの」
「あー、カオリはぺったんこだもんね」
「うっさいな!」
受験を控えた3年生もこの日だけは集まった。今日は部活のみんなで鹿島神宮(かしまじんぐう)に初詣だ。鹿島神宮の神様は勝負の神様だ。麻雀部としては行かない手はない。
ワンマン運転の大洗鹿島線(おおあらいかしません)は麻雀娘たちを乗せて神様の元へと進んで行く。
鹿島神宮到着
「大きな鳥居ねー」と入り口の大鳥居をミサトが見上げる。ミサトはこちらに引っ越してきてまだ1年も経ってないので鹿島神宮へ来たのは初めてだ。佐藤家も引っ越してきて間もないが親戚がこの近くに居るので来たことは何回かある。他のみんなも少なくとも一度は来たことがある場所だったのでミサトだけが初めてだった。
「おみくじでも引くか」とミサトがおみくじを買いに行く。
占いや迷信を好まないミサトもおみくじは引いてみたいようだ。こういうのは信じる信じないとかではなく『年に一度のイベント』ということなんだろう。
混んでる中でもそれを無視して念入りにクジを選択するミサト。「むむむむむ…… これだぁ!!」
吉
「なんだ、吉かあー」
「でもでもほら、いい事書いてあるよ」とカオリが言う。
願望 叶う。
健康 良いだろう。
仕事 必ずや大きな成果を得る。
学業 そのままでいれば良い。
恋愛 幸せは必ず訪れる。
縁談 気にすることはない。ありのままでいれば良し。
勝負 勝てる。努力を惜しまなければ成果は出る。
家庭 優しさを感じるだろう。素直に受け取るがよい。
金運 良い。
人望 あなたが中心になる。
「えー、なになに。『得意不得意が人の個性である。他人の能力が羨ましいこともあるが、自分にも他人が羨む長所は必ずある。自分の価値に気付き、伸ばすがよい』だって」
「なんかいいじゃん」
おみくじはカオリも引いた。
「おっ! ツモ。大吉!」
大吉
願望 努力すれば一度は叶う。
健康 心の甘えが病の元。気を引き締めるべし。
仕事 汗水流せば成果を得る。
学業 時間を忘れて没頭すべし。
恋愛 焦ることはない。
縁談 今はまだその時ではない。
勝負 挑む相手は自身の中にあり。
家庭 自然のままが良い。安心せよ。
金運 努力なしには得ることはない。
人望 社会の居場所は自分から作り出せ。
「えーと『人の道は平地にあらず、常に変化をしていくもの。階段のようにある人は登り、ある人は降りる』ってさ。え、アドバイスはしてくれないの? っていうか吉より大吉の方が内容が厳しいような気がするのは気のせいですか?」
その後、人の波がどんどん押し寄せてきたので他のみんなは今おみくじを引くのは諦めた。
「しかしすごい人ね」とミサトは驚く。
「毎年この時期はこうよ。出店とかも普段はないんだけどね」
やっと先頭になった一行は各々の願い事を神様へと届けた。
185.ここまでのあらすじ 様々な仲間からの支援を受けて夢実現へと進む麻雀女子たち。カオリたちはどんどん成長する。そして今、初タイトル獲得を目指してカオリが師団名人戦に挑戦する――【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。女子大生プロ雀士。所属リーグはC2。女流リーグはA所属。読書家で書くのも好き。クールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。その右手には神の力を宿す。日本プロ麻雀師団順位戦C3リーグ繰り上げ1位財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。ラーメンが大好き。妹と一緒に女子大生プロ雀士となる。神に見守られている。C2リーグ所属。女流リーグA。第36期新人王戦3位第5期女流Bリーグ優勝第30回雀聖位戦優勝佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマったお兄ちゃんっ子。誘導するような罠作りに長けている。麻雀教室の講師をしつつ大学に通う、アンたちの頼れるリーダー。第1回UUCコーヒー杯優勝第30回雀聖位戦準優勝竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属していた香織の学校の後輩。佐藤優の相棒で、一緒に麻雀教室をやるという夢をついに叶えた。駅前喫茶店『グリーン』で給仕の仕事もする。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『
184.第十伍話 心の中まで詠む 今日はついに師団名人戦プロ予選。財前姉妹はそこそこの実績こそあるが予選一回戦からの出場だ。まあ、普通はそういうものでありシード権のある新人なんてそうはいない。新人でありながら本戦からの出場になっているミサトは特別凄いのである。「じゃあ、お互い頑張ろうね」「一回戦からコケないようにね!」「マナミこそ。つまらないミスしないでよ」 そう言うと2人はお互いの拳と拳をコン! と突き当てて一回戦の卓へと移動した。(麻雀プロを1年以上やってカオリにもこういう体育会系のノリがやっとわかってきた。プロ雀士には体育会系が割といる)一回戦 対面の人は後ろが通路なのでちょっとだけギャラリーを背負っていた。見やすい位置だからというだけの理由だろうが、その対面さんはプロ1年生のようで見られることに慣れていないようだった。そして3副露して手牌を上下整えるとピシッと手前に寄せる。そこまでは普通だけど、その寄せた手牌を卓の手前位置から一向に戻そうとしない。それを見て私はピンとくる。(ははあ、対面さんはカン二萬かペン三萬待ちね)と。《どうしてそうなるんですか?》(これはね、ハートが弱い人にしか分からない心理よ。見られてる時にね愚形だと恥ずかしいの。だからさっき上下を入れ替えたのは整えたんじゃなくてむしろ逆にしたんだと思う。カン二萬待ちかペン三萬待ちだとしてそれって牌を逆さまにして卓の端に付けちゃえば段差があるからペンチャンかカンチャンかシャボかリャンメンか分からないの。つまり、後ろで見てる人がいるから3副露もして愚形ってのが見られたくないんだよ)《はあ、なるほど。その読み当たってそうですね。捨て牌的にも萬子の下がありそうな感じですし。心の中まで読んだわけですか》(絶対この読みで当たりだと思う) そして、その読みがあるのでカオリは手牌を二二三のままキープしていた。するとツモ二!
183.第十四話 気にしない《私、思ってたことがあるんですけど》(なに?)《テンパイ時気合い込めないってかなり難易度高くないですか?》(まー、慣れだけど。確かにそうなのよね。どーしても微量に漏れたオーラで『伍萬』を引き寄せちゃう時あるわ)《捻じ曲げて作る伍萬待ちテンパイとかは関心しませんけど、普通にやって伍萬待ちの場合はオーラ使えばいいんじゃないでしょうか。それが自然なんですし。結局、それでも相手の手にあれば引いて来れないわけですから》(うーん、それでいいのかな……)《そういう能力があるのはカオリが望んだものではなくて勝手に身についたものなんですからそこまで気にしないでいいと思います。中には選択ミスしそうになると電流で教えてもらってる人もいたわけですし(マナミ)超能力者はカオリだけってわけじゃないんですから…… きっと気付かないだけで世の中には色々な能力者がいるはずですよ》(そうかな…… じゃあ自然と伍萬待ちになった時だけオーラツモ解放しようかな……)《そうしましょうよ。34種136牌のうちのたった1種4牌だけにしか反応しない出番の限定された能力ですから。そこまで気にしなくてもいいじゃないですか》(それもそうか) その日からカオリは自然と伍萬待ちの時は遠慮なくオーラで伍萬を引くことにした。と言っても、それのために気合いを込めてというわけではなくあくまでも自然体で。意図してオーラを抑えていた今までの方が不自然であるという考えで、自分の自然な状態で、仕事でもプロリーグでもオーラを『気にしない』ことにしたのであった。 来週はついに師団名人戦プロ予選。◆◇◆◇ その頃、財前真実は失った能力を補うつもりでカオリの部屋にある麻雀戦術本
182.第十三話 人気投票 師団名人戦の一般予選が終了し、プロ予選の時期が近づいてきた。予選通過は一般よりは難しくないが、しかし結局のところ優勝は1人だけ、予選通過率がどうとか何回戦まで残れたとかは何の意味もない。No. 1になることだけがプロたちの目的なのだから。 師団名人戦にはシード枠があり新人王のミサトは既に本戦一回戦からのシード権がある。 「いーなー。ミサトはシード権かあ」「カオリもリーグ戦首位昇級だから首位シードあるんじゃないの?」「無いわ。私のは繰り上げ首位だからね」「えー、ケチなの。じゃあ2人とも頑張って。私は本戦で待ってるわね」「「うん!」」そう元気よく返事をすると財前姉妹は師団名人戦プロ予選へと出場登録をした。 プロ予選は2週間後――◆◇◆◇ その頃、左田純子は『月刊マージャン部』の創刊号を作ることに専念していた。あまりにもやる事が多いので今回の師団名人戦は悩んだ末に不参加とした。去年雀聖位だった左田には本戦一回戦シードがあるので今年はチャンスではある。しかし時間がないのだ! この不参加は競技麻雀に誰よりも熱い左田にはそれはそれは苦渋の決断だった。(今は長年の夢だった自分の雑誌を完成させることが最優先! 師団名人戦はまた来年もあるし。今年はせっかくの本戦一回戦シードだけど、我慢しよう)と思っていたのだが……。『現代麻雀』という雑誌で毎年行われるプロ雀士人気投票で上位の男性プロと女性プロ2名ずつの計4名が本戦三回戦からのシードとなるアンケートがあるのだが(1人につき1回だけの投票権。1位2位3位の順で3p2p1pが投票される。自身への投票も可能)今売り出し中の白山シオリ女王位の人気を追い越して左田純子が女流人気1位となった! その人気はやはりあの雀聖位戦決勝戦の最終局。ツモで一撃決着にこだわって見逃しをかけていたあの勇姿に感動したという声が多かった。「この私が…… 人気投票1位……? 何かの間違いじゃない? 私もう50代のおばさんよ?? シオリちゃんより人気があるなんて信じられない……」と現代麻雀のアンケート担当者と話す左田。「間違いじゃありません。みんな左田プロの麻雀に勇気をもらったんですよ。結果は優勝を逃していても素晴らしい内容だったこと、観てた人は全員分かってるんです。かくいう私も左田プロに1票入れた一人ですし
181.第十二話 悔しがる資格 飯田雪(いいだゆき)が師団名人戦の一般予選を再チャレンジしている頃。倉住祥子(くらずみしょうこ)と浅野間聡子(あさのまさとこ)は麻雀戦術本を読んで勉強をしていた。 部室にはたくさんの戦術本が置いてある。スグルのものもあるが、カオリが持ち込んだものも多い。持ち込まれた大量の麻雀本に優勝カップや盾。そして座卓。スグルの部屋は今となっては完全に麻雀部部室に仕上がっていた。「アンタたちどーしたの。珍しく本読んで勉強なんてしちゃって」とユウが訝しむ。「いや、なんかアンと私たちじゃかなりの腕の差があるって知ったから…… 鍛えたいなって」「へえ、悔しいんだ?」「悔しいって言うか。悔しがる資格すらないって言うかね…… ウチらはミサトさんみたいにストイックでもないし部長みたいに熱心でもない。カオリさんみたいな真剣さもない。ユウさんやアンほどの天賦の才もない。それなら負けて当たり前でしょ。予選通過出来なかったからって悔しがる資格…… まだ持ってない。だから、資格の取得から始めようと思うの」「私達も、悔しがりたい。せめて、負けたこと悔しいと思う権利くらい欲しい。あのミサトさんですら…… この前フリーで負けた時に『ついてなかったですね』って言ったら『いや、まだ鍛錬が足りなかっただけよ。ついてないとか言って終わりにする程わたしはまだ強くない』とかって言うんだもん。それを、私達ごときが…… 不ヅキを嘆いてたら、もうバカじゃん」「へえ、2人とも成長したねぇ。私は嬉しいよ」 ショウコとサトコはそこまで麻雀に熱中してる方ではない(あくまで麻雀部の中ではだが)しかし、2人とも一生麻雀には関わっていたいと思っているくらいには麻雀が好きだった。だからせめて悔しいと思いたい。負けを、悔しいと思う権利くらいは欲しい。そんなことを言って休日を丸一日費やして座学をする2人はもう充分麻雀に真剣だし。真
180.第十一話 受けの専門家 アンが予選通過を決めている頃、ヤチヨとヒロコとナツミは佐藤家で三人麻雀をしていた。ユウは遠目にナツミの麻雀を眺めながら麻雀教室の資料作りをしている。オーラス東家 ヒロコ40600点南家 ヤチヨ39000点西家 ナツミ25400点ナツミ手牌 切り番22335557東東北北中中 ドラ西(へぇ…。北を抜かずにメンホンチートイにしちゃった。でも待ちが悪いわね。ドラでも引ければ良かったんだけど、どうするのかしら)打5ダマ ナツミの選択はダマだった。とりあえず手替わり待ちで。7索が偶然出たならロンして二着という考えである。すると…2巡後ツモ7なんと仮テンの7索を自力で引いてしまった。(あちゃー! ナツミどうするのこれ。ツモってもラスのままじゃない※)※今回の三人麻雀はツモ損のルールを採用しており跳満のツモアガリは9000点となる。3000.6000なので子は12000点差、親とは15000点差縮むが今回は子と13600点差、親とは15200点差あるので跳満ツモはひとつも逆転にならない。「ぺー」 なんとナツミはそのタイミングで北抜き!(そうか! これで北を2枚抜いてしまって待ちを変えて打点も上昇させるのね!) そう思った。しかし。「リーチ」(えっ!)ナツミ手牌